2018年3月

 「そだねー」。ピョンチャン冬季オリンピックで、北海道勢は大活躍。女子カーリングでの選手たちの競技中の笑顔と「北海道弁」は人々の心に癒しの効果をもたらしました。
 今月22日は私が北海道に派遣されて21年目の記念日です。初めての北海道での生活は、驚きや戸惑い、また感心することばかりでした。この北海道という厳しい気候条件に根ざした、いわゆる「方言」も興味深いものでした。
 自分の意志とは反対に物事が始まったり進んだりすることはよくありますが、特に自然の厳しさの中ではそのようなことがよく起こります。こんな言葉を皆さんも使っておられるでしょうか。例えば、自分が押してもいないのに、押した状態になっていることを「押ささる」とか、自分は開けていないのに、勝手に開いてしまっているときに「開かさる」とか。自分の意志とは反対の結果が出たときに使うこのような言葉は、「仕方ないなぁ」というユーモアも含んでいるように思います。
 人生、思った通りにはいかない。そこで落ち込んでしまうか、あるいは「仕方ないなぁ、この状況。でも何とかなるさ」と別の方向を向いて気を取り直すか。北海道の人たちは、気持ちを切り替えたり、笑って行き過ごしたり、待ったり、別の道を探すのにとても優れているように思います。
 神様を信じることは、ある意味、押ささってしまったり、開かさってしまったりの自分の人生も、意味あるものとしてお委ねしていくことだと思います。
 聖週(受難週)に入ります。王として来てくださったはずのイエス様が、なんと、最も惨めな刑に処せられ、死んでいかれる週です。死という闇は、こんなはずではなかったという私たちの人生の究極。そこに、闇では終わらないという復活の命の約束であるイースターが訪れるのです。

主教 ナタナエル 植松 誠

2018年2月

 我が家では子どもたちが幼いころ、寝る前に妻がよく絵本の読み聞かせをしていました。絵本というのは内容によっては子どもだけではなく大人も考えさせられるものです。「ジオジオのかんむり」という絵本はライオンの話でした。ライオンたちの中でも最も強く勇ましいライオン「ジオジオ」は立派な冠をかぶっていました。
 勇敢で皆から一目置かれていたジオジオ。けれども、だんだんと年を取り、獲物を追いかけることもできなくなり、頭は白くなり、目も見えなくなっていきます。それまで味わったことのない孤独を感じるようになったジオジオは、誰かとゆっくり話をしたくなるのです。そこにやってきたのは卵を盗まれた親鳥でした。ジオジオは自分の冠の中に卵を産むことを提案。鳥は冠の中に卵を産み、ジオジオはそれを落とさないように、雨風にも当たらないように木の茂みに座り、そーっと守ります。
 やがて雛(ひな)が孵(かえ)り、その雛たちはジオジオのたてがみを引っ張ったりして遊びます。強さも、立派さも失っていくみじめなジオジオですが、小鳥と戯れるという、そして何かを守るという今まで考えもしなかった幸いを見出すのです。
 さて私たち人間もまた、老いや病気とともに、自分を強く支えていたものを一つまた一つと失います。健康を失うこと、親を失うこと。伴侶や子どもを失うという残酷なことも起こります。そして、何かを失うごとに、そこには優しさが芽生えていくように思います。年月という抗うことのできない営みの中で、人は大切にしてきたものを一つ一つ失いつつ、その代り、それまでは考えもしなかった、本当に大切なものを自身の身に帯びていくのではないでしょうか。失っていくもの、始めから欠けていたもの、残酷とも見えるそれらは、思い直せば、人生を真に豊かに送るための創造主から与えられた、神さまの領域ではないかと思うのです。

主教 ナタナエル 植松 誠

2018年1月

 私の母が昨年12月26日、94歳で天に召されました。3月には父が召され、同じ年に母が召されたということを、私たちは神様のみ旨と信じて感謝しています。
 昨年2月、母から誕生日のカードを受け取りました。「愛する息子まことへ。お誕生日おめでとうございます。パパは100歳を突き抜け、あなたは65歳で、なんと70歳に向かっているのですね。昔、私たち家族が過ごした清里聖アンデレ教会の一部屋、その部屋の中に、朝まで置いたあなたのおむつは、カチカチに凍っていました。実に可愛い可愛い、いい顔をしていた坊や、まことよ。月日はどんどん移り変わります。そして、父と子と聖霊の主は、永遠に変わることなくほめたたえられ、私たちは、ハレルヤ、アーメンと歓びあふれます」。
 昨年11月末、大阪の入院先に母を訪ねました。もうベッドに横たわったままでしたが、翌日が東京で聖徒アンデレ同胞会(BSA)の創立90周年の礼拝があり、私がそこで説教をすることを知っていた母は、私に、「BSAのモットーは使徒聖アンデレのように、『一人が一人を』イエスのもとに連れてくる、ということだけれど、それはとってもむずかしい。それよりも、毎主日、教会の礼拝に来て、十字架の前でひざまずき、ひれ伏して、涙ながらにイエス様の御体と御血をいただくことの方がもっと大事で、それで十分だと私は思う」と言いました。そして、帰り際に病床聖餐式をすると、母は陪餐しながら、「ああ、ありがたい・・・」と泣き、「みさかえは神にあれ」と歌いだしました。
 母の生前からの願いで、葬送式では家族と参列した方々が、母を囲んで、キリストの尊い聖餐に与かりました。死で終わるのではなく、復活の命に生きる私たち。何という祝福でしょう。みさかえは神にあれ。

主教 ナタナエル 植松 誠