2026年2月

 この冬、札幌近郊を襲った豪雪には幾度となく翻弄されました。主教巡回の帰途、通常二時間半で到着するはずのJR特急が、少しずつ動いては止まり、夜通し車内で過ごし、十五時間後の朝ようやく札幌駅に着いたこともありました。教区会館の玄関前に積み上がった背丈ほどの雪をよじ登って中に入ったこともあります。豪雪のたびに交通機関はほぼ麻痺し、近所へ歩いて行くことさえ難しく、遠方への移動は極めて困難になります。
 温暖化による積雪量の増加、人手不足、安全確保の前提条件の変化などを考えると、北海道では一年のうち数か月、遠方への移動が今後さらに困難になることが予想されます。大自然の前にある限界を、否応なく突きつけられています。
 こうした現実を思うとき、どうしても頭をよぎるのが、北海道電力泊原発三号機の再稼働が二〇二七年に向けて急ピッチで進められている事です。とりわけ冬に事故が起きた場合、安全に速やかに遠くへ避難する術をほとんど持っていません。
 例えば札幌は泊原発から直線距離で約七十キロ。風向き次第では甚大な被害が及ぶ可能性があります。高さ一九メートルの防潮堤設置だけでは地震や放射能を防ぐことはできません。北海道の道路事情も幹線道路が限られており、陸路での避難が困難になれば、海路や空路に頼るという想定も現実味を欠きます。道民の相互扶助の温かさだけで乗り切れる事態ではないのです。
 今年は東日本大震災から十五年を迎えます。多くの犠牲者と避難者、そして今も言葉にならない痛みと悲しみが、東北の大地に深く刻まれています。あの時わたしたちは、「もう原発はいらない」と確かに語ったはずです。東日本大震災で起こったこと、東京電力福島第一原発事故を決して忘れず、風化させてはならないのです。人間が神の造られたいのち、被造物全体を守る責任を果たすために、動かしてはいけないものがあります。

主教 マリア・グレイス笹森田鶴

2026年1月

 今年の宣教標語(一面御参照)と聖歌(『日本聖公会聖歌集』五三三番「主を愛そう心込めて」)が決まりました。この宣教標語は、定期教区会の主教告辞を基に、宣教活動推進部部長・グループ長の皆さんが聖書のみ言葉につなげて選ぶ聖句です。その聖句を基に、礼拝委員会が今年の聖歌を選曲します。そして信徒や聖職のお一人が宣教標語を揮毫してくださり、標語短冊がクリスマス前には出来上がり、教区報と共に皆様のお手元に送られます。短期間でのすばらしい連携(つながり)と対応に毎年感心させられ、感激し、感謝して受け取ります。
 ここ数年の宣教標語には「道」という言葉が入っている聖句が多く選ばれています。この「道」は、キリストご自身が「道」だと告げられ、また最初のキリスト者たちが「この道に従う者」と呼ばれた「道」です。どの道ですかと尋ねたトマスと同様に、現代の私たちも「主よ、どの道でしょうか」と尋ね続けます。
 恐らくその道は、私たちの想像を越えて与えられる道でありましょう。まるでアブラムとサライが目的地も分からずに決心して出立したあの旅の道のように、また、東方の博士たちが星に導かれて通ってきた道のように、そして同じ道を帰路にすると思っていたら、夢で天の御使いが告げる「別の道」のように、常に新しく未知のものです。当然不安に思います。けれどもこの北の大地で四回目の冬を迎えている今、これまでの新しい出会いや経験の恵みと喜びを思い起こす時、キリストに向かう新しい道を北海道教区の皆様とさらにこれからもご一緒できるなんて、本当に楽しみでしかない、と私は感じているのです。

主教 マリア・グレイス笹森田鶴