2022年3月

 最後の「主教室より」となりました。
 主教に就任して数年後、ある信徒から「北海道難読地名番付表」をいただきました。重蘭窮、入境学、冬窓床、賎向夫、などなど、横綱級から十両級まで80もの地名が続き、「全部読めるようにならないうちは北海道から出てはいけません」とその方の手紙がついていました。上記の4地名はみんな釧路町にありますが、それぞれ、ちぷらんけうしにこまないぷいませきねっぷ、と読みます。25年間でついにこれらの80の地名はすべて読破しました。読めるようになるまでは出ていくなというその信徒にも、もう胸を張れます。
 今から36年前、弟から聞いた父の退職した日のことを思い出します。中部教区主教であった父の定年退職の日の夜12時、父と母と弟は主教邸の礼拝堂に座り、感謝の祈りを捧げました。祈りが終わり、しばらくの沈黙の後、父は母の方を向き、母の手を取って「ありがとうございました」と深々と頭を下げました。ふだん、母に気の利いたことをあまり言うことのない父です。しかし、この時の「ありがとう」には父の思いのすべてが込められていたのでしょう。父も母も、そして弟も泣いたとのこと。
 私の退職の日はどのように迎えるでしょうか。万感の思いを込めて、まずは神様に「ありがとうございます」と申し上げ、そして妻の三千代さんに、そして、その場にはもちろんいらっしゃらない教区のすべての聖職・信徒に、(すでに天に召された方々にも)、深々と頭を下げて、「ありがとうございました」と申し上げたいと思います。それしかないと思います。
 さようならは申しません。私たち二人は、心を北海道にも残していきます。この地で与えられた驚くほどの豊かなお恵みを感謝しながら、新たに主によって遣わされる地に参ります。インマヌエル、ハレルヤ、アーメン。

主教 ナタナエル 植松 誠

2022年2月

 「主教室より」はこれを含めて、あと2回を残すのみとなりました。25年前、主教に就任した時、前任の天城主教様の連載「八角堂」を引き継ぎましたが、編集部は私に何か新しい名前をつけてほしいと言われたのを覚えています。明けても暮れてもその名前を考えましたが、「そのうちに何かひらめきでも与えられるだろうから、それまで待とう」ということになって、仮題としての「主教室より」で、ついに25年間、そのままになってしまっていました。毎年12月号には教区会での主教告辞が載るので「主教室より」は無く、それでも25年間で約275回の「主教室より」を書いたことになります。「主教室より」に代わる名前はひらめきませんでしたが、これらの「主教室より」を読み返してみますと、毎回、毎回がひらめきの連続であったことに驚かされます。
 25年前の最初の「主教室より」には、5月、長い冬の後に、一斉に咲きだす庭の花や桜やこぶし、急に出てきた緑の草や葉を見て北海道の春の豪華さに感動し、「なんと美しい北海道の春でしょう」と書いています。でもその感動は、主教按手時(3月)の雪と氷、そして、ほこりが舞う汚い4月を体験したから言えたことなのでしょう。25年間、北海道の大自然に、人々に毎回感動しながら、その中で信仰を生きる聖職や信徒からいつも励ましや慰め、希望を与えられてきた自分であったことが275回の「主教室より」から実感できます。そして思うのです。キリストの福音って何と素晴らしいんだろうと。
 喜びや悲しみ、苦しみや困難、それらを持ちながら生きる私たちに、イエス様がいつもいてくださった。そして、北海道教区のみんながいつもいっしょにいてくださったと。

主教 ナタナエル 植松 誠

2022年1月

 12月28日は「聖なる幼子の日」という聖日です。「聖なる幼子」とは、イエス様が生まれたベツレヘムとその周辺で、ヘロデ王によって殺された2歳以下の男の子たちのことです。私はこの日、札幌キリスト教会の聖餐式に出ました。福音書では、マタイ伝2章にあるこれらの男の子たちの虐殺と母親たちの嘆きが読まれます。「主に感謝」と最後に司祭が唱え、会衆は「主に感謝します」と応えますが、私は「主に感謝します」が言えませんでした。イエス様の身代わりとなって殺された多くの幼子とその母親たちを想うと、とてもそのようには言えなかったのです。どうして、これが「感謝」なのかと。
 私が主教になる前、東京の管区事務所で総主事をしていた時、私はいろいろな問題で神経をすり減らして落ち込んでいました。日曜日には、東京や周辺の教会での礼拝奉仕があり、説教もしていたのですが、そのような状態では説教などできないと思い、妻に「もう、僕は説教はしない。こんな自分で、どうして福音など語れるか」と洩らしたことがありました。その時、妻に言われたのは、「順境の時には誰だって福音は語れる。でも、肝心なのは、逆境の時、どのように福音を福音として語れるかであり、あなたはまさにそのために聖職に召されているのではないか」ということでした。
 今金インマヌエル教会では大地がまだ凍りついている時に「種の祝福式」をします。およそすべてが死んでいるような中で、その大地にこれから蒔く種を祝福します。絶望と暗闇の中でも、信徒たちはそこに主の祝福があれば、秋には豊かな収穫があると信じて、「主に感謝」を唱えるのです。
 「主に感謝」は、まさに感謝できないような状況の中にあっても、主の祝福の介入があるのだと自分に言い聞かせることではないでしょうか。この新しい年、私たちはいつも「主に感謝」と祈り続けたいものです。

主教 ナタナエル 植松 誠