2017年2月

 先日、姉の嫁ぎ先の父が亡くなり、葬儀のため兵庫県の芦屋まで行ってきました。その教会は私が執事として初めて遣わされ、3年半を過ごした懐かしいところでした。召されたHさんは95歳。ご夫妻で私が赴任した時からずっと親のように私と家族の面倒をみてくださった方でした。葬送式の説教は、私がその教会にいた時の主任牧師。もう89才になられる司祭で、説教壇に上がられると、昔と変わらないお声で話され、懐かしさで胸がいっぱいになりました。
 「わたしは 福音を恥としない」(ローマ1:16)というパウロの言葉を紹介し、「Hさんの生きざまは、正に、福音を恥としない・・・そのみ言葉に尽きる」と。本当にそうだったと思い返しました。福音を恥としない生き方・・・、それゆえに厳しいことをおっしゃることもありましたが、いつもその根底にあるのは「慈愛」だったと改めて思います。
 葬儀は、別れの悲しみはあるものの、親しかった人々との再会の喜びの場ともなります。今回は普段滅多に会えない親戚たちにも会う機会となりました。私がその教会を出てから30年。若い私を支え育ててくださった信徒の方々の多くが亡くなられましたが、それでも、何年ぶり、何十年ぶりかで会う方々との再会は温かく、楽しいものでした。私たちの国籍は天にある・・・。葬儀に関わるといつもそう思います。それゆえに、私たちはどんな状況になっても希望を失わず、おののきつつ喜び躍るものとなりたい。願わくば、福音を恥としない生き方・・・、その生き方に徹すること、それ以上に、福音の恥とならないようにと、冷たい神戸の雪に降られながら思いました。献花の時の「ハレルヤ、主に感謝します」という夫人の声が今も耳に残っています。

主教 ナタナエル 植松 誠

2017年1月

 新年おめでとうございます。今年は元旦がちょうど主日でしたから、教会に初詣でして礼拝に与かり一年が始まったのではないでしょうか。しかもその元旦は「主イエス命名の日」であり、イエス(神は救い)とインマヌエル(神、我らと共にいます)という名をしっかりと心にとめて私たちは歩み出しました。
 昔、私が幼いころから大人になるまで、父は私たち兄弟が何か特別な用事で出かけるとき(遠足、キャンプ、修学旅行など)、決まって私たちに玄関先で手を按(お)いて祝福の祈りをしたものです。ある時期、それが素直に受け入れられずに、黙ってそっと裏口から出て行ったこともありました。私が司祭、主教になっても、海外に出るときなど、空港から両親宅に電話をすると、父は電話口で祝祷をしてくれたものです。 だんだん父も年をとり、「父と子と聖霊の・・・」というような祝祷はできなくなりましたが、それでも、「イエスさまが一緒だよ、一緒だからね」などという言葉での祝福は続き、それもできなくなると、私の手をとって、ただ、にこーっと微笑むかたちの「祝福」に変わりました。昨年12月、百歳になった父は、もう私のことも分からないようで、そのような祝福さえも無理になりました。老人ホームのショートステイに入っていた父を、昨年訪ねる機会がありました。黙って座っている父の手を私も黙って20分くらい握っていましたが、最後に、父の頭に私は手を按いて、祝祷を唱えました。「パパ、インマヌエルだよ、イエスさまが一緒だよ」と。

主教 ナタナエル 植松 誠